物置の話



 夜、月光が物置に射し込んできました。
今まで暗かった世界は、ほのかに明るさを増して行き、物がはっきり見えるほどになっていました。
明るい満月の夜、わずかな時間物置に光が入ってきたのです。
 その光は少しばかりほこりがかかった鏡を照らし、その鏡は輝きを増して水を湛えているかのようでいた。
すると、その大きな泉の様な鏡に水滴が落ちた時にできる波紋が広がったのです。
一つの波紋が鏡の縁全体にまで及び、次々に鏡が水になったかのような波紋が現れ出し、波紋同士打ち消しあうまでになり、大きく鏡の表面が揺れ始めるまでになります。
 そして静かになります。鏡から人が、泳いでいた泉の水面下から出てくるかのごとく出現して。
その体は水でできているのでしょうか、光でできているのでしょうか、体を滑らかに動かしていきます。
普通ならば、関節の為にできない動きをとりながら、体を動かしていきます。

 月は、物置の別な物も照らしています。
誰もが顧みない写真や肖像画、その他ガラクタ。それを鏡から出てきた人は普通できない動きをしつつ眺めているようです。目もない顔で見ていましいた。
一通り光に当たっている物を見ると、その人は姿を変えていました。
誰かわからない写真や絵の人の顔や服を、体の形を変えて表し続けました。
 その変形はその人が奇妙な物を見つけるまで続けます。
今まで光に当たっていなかった人形を見つけ、止めました。
首の無い人形を見つけるまでのことです。

 等身大の首の無い黒い服の人形の元に、鏡から現れた人が来ます。
その何も無い人形の首の上に飛び乗り、顔を作りました。
様々な顔を、人形の首の上に現しました。
 でも、何か似合いません。
男の顔も女の顔も怒った顔も笑っている顔も、人の顔であるものなら、どんなものも首の上に表現します。
黒い服の人形に似合う顔の為にその人は顔を作っているようです。
 でも、不思議なほど似合わないのです。


 月光は窓から差し込まなくなってゆき、人形の首の上で暴れるかのように顔を作り出している人の顔を作り出している人の姿は透明感を帯、消えようとしていました。
窓から、月が見えなくなるとその人はいなくなりました。

 鏡の精なのでしょうか。月の精なのでしょうか。人形の精なのでしょうか。それとも、鏡という水の精だったのでしょうか。
首の無いまま打ち捨てられた人形の首というステージで、月光が差し込む夜に形の持たない人が人形の首を作っています。
 不完全な物を完成させる為に、その体の首を作っていました。
未だ完成し得ない事を嘆くかのように、その人形の首には汗なのか涙なのかひどく湿っているのでした。




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